歩くことが好きだ。
出かけることがあれば1時間くらいで行ける場所であれば歩いて行く。
そんな私でもこれはなかなか大変だったという思い出があるのでお話しよう。
趣味で歩いていたわけではなく、単にお金が無かったというものだが。
週に4日ほど、東京駅近くのコールセンターでテレフォンアポインターをしていた頃の話だ。
勤務時間は9時から17時で、仕事が終わると渋谷や新宿まで1~2時間歩いて、そこから電車で町田市まで帰るということが多かった。
ただその日はお金が無かった。
お金は無くとも仕事のシフトは決まっているので行かなければならない。
既に前日から帰りの交通費が無いことはわかっていた。
奇跡が起こらない限り歩いて帰ることになるという覚悟だけはしていた。
17時になり、いつものようにまずは渋谷まで歩いた。
ここまでは難なく行けた。
本番はここからで、一度も歩いて帰ったことのない道をどのくらいの時間がかかるかわからず歩くというのは多少不安な気持ちになる。
スマートフォンは持っていたから、地図で自宅までの道を表示させ、現在地を確認しつつとにかく歩いた。
途中、多摩川を越えねばならぬことは理解していた。
実はきちんと多摩川の辺りを散策したことがなかったから、そこは少し楽しみだった。
予想以上に大きな川で、橋を渡りきるのも一苦労だったが、既に日が落ちた中景色を楽しみながら渡った。
渋谷まで2時間、家に着いた時には日付が変わっていたからそこから6時間程度歩いたのだろう。
途中コンビニで10円だけお菓子を買って遠足気分を演出したり、高台から見える街を見下ろして無数に見える光の元すべてに人間がいるなんて自分はなんてちっぽけなんだとありきたりな感傷にひたったりして、長い旅は終わった。