悪夢を見たくない

眠っている時、私はあまり夢を見たくない。
なぜならば、悪夢ばかり覚えているからだ。
そして、悪夢を見ると、とても疲れる。
休んだ気がしないのだ。
逆に、良い夢は忘れがちだ。結果、私の記憶には悪夢ばかりが残って、夢自体見たくないと思ってしまう。

新年の初夢というものがあるが、ある年、悪夢なのか良い夢なのかわからないものを見たことがある。
内容としては、空からナスの雨が降ってきて、体にどんどん当たって痛い思いをし、更に鷹が大群で飛んできて、つつきまわされるというものである。
一般的に、一富士、二鷹、三なすびと言われることは皆さんご存じだと思う。
その瑞兆である鷹とナスが夢に出てきたことは喜ばしいことかもしれないが、その内容が痛い思いをすることだというのがマイナスである。
例えば、おいしいナス料理を食べているとか、鷹が飛んでいくのを見るとかだったら良い夢だと思える。
が、私の初夢はとにかく痛い思いをしながら逃げ回っていたものだから、起きたときの精神的な疲労が凄まじかった。
新年早々、なんとも複雑な気持ちになったものである。
できることならば、良い夢ばかりを見たい。
それが無理ならば、夢自体見たくない。
私は、1日の始まりの自分のテンションが夢で決まってしまうのだ。
悪夢を見ると、疲れを感じて、動くのが億劫だ。
夢を見ていない、あるいは覚えていないのならば、しっかりと寝たという感じがしてスッキリ目覚められるし、良い夢を覚えていたら気分が良い。
ただの夢でこれだけ気持ちが左右されるなんて馬鹿らしいことと思われるかもしれないが、私にとっては大切なことなのだ。

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