大人になってから学ぶこと

結婚して、子供ができると親の偉大さというのを経験するそうだ。
ことさら女性は料理や子育てのことを自分の母や、もしくは義母から学ぶことが多いのだろう。

あいにく私にはそういった縁がないので、パッと思いつくところで「大人になってから学んだこと」というのが見当たらない。
しかし、家族や親からだけでなくとも教わることはなくはない。
それは仕事場の出来事から学ぶことが多いのだ。

単純なる業務内容は当然だけれど、それ以外のところで諸先輩方からは多くのことを学んでいると思う。
例えば人とのつきあいかた。
いまさらかと思われがちあであるが、これが結構難しいのだ。
学生時代には感じなかった、いろいろなしがらみや自分と相手の立場など気を回さなければならない場面が多い。

元来、そういったことが苦手な私には、上司や取引先の人とうまい具合に付き合いを進めている先輩にとても感心する。
そして、そこから学べるものは学ぼうという努力もしている。
先輩も気軽に指導してくださるので、助かっている。

学生時代に学ぶことも重要だと思う。
いわゆる勉強というやつは、やっていて損はないことだ。
しかし、学生から離れてずいぶんと経った自分が思うのは、あの勉強というのは受験のためのものではなかっただろうか?ということだ。
それが悪いとは言わないし、大学受験は人生における重要な試験へ向けてのものだから否定はしない。

けれど、実は学びと言うのはおとなになってからこそするべきなのではないだろうか。

「朝2時起きでなんでもできる」という本

私は事情があって27歳のときに大学受験を経験しましたが、その時社会人との二足のわらじ状態で時間を作り出すのが本当に大変でした。
そんなとき図書館で出会った本が「朝2時起きでなんでもできる!」枝廣淳子著でした。

図書館で勉強していた日に息抜きがわりに読んだのですが、最初は題名から時間がない人のための時間術の本かと思っていたんです。
ところが、設定が大人になってから同時通訳を目指した著者の奮闘気を綴ったものでした。

後にこの方は翻訳者としてもたくさんの本を世に送り出しましたが、大人になってからでも同時通訳ができるようになるんだ、という勇気と希望を与えられた本です。
丁度私も受験科目の英語に苦戦していたため、英語、通訳、翻訳というとイメージがそうなってしまいます。

私は英語がかなり苦手科目でしたから、この本に勇気づけられながら受験勉強を乗り越えました。
受験当日までに一番の得点原となったのも驚きの事実です。
その時は受験英語は身に付いたという感じでしたが、大学に入学してから英語の先生が魅力的で、読み書きだけでなくて、会話もできるようになりたいとおもうようになりました。

七田式という英語教材を使い、付属のCDと同じに発音できるように練習したり、ひとつの英文を丸暗記して口に出してみたり。
試行錯誤の連続でした。
最初はSVOCなどの文法を気にしながら会話をしていましたが、今では不思議と英語圏にいくと考えずに英語で話しています。

大学で憧れていた先生とも英語での会話を楽しめるようになり、ひょんなきっかけでその先生の主催するパーティーでご好意で通訳をする機会にも恵まれました。
英語を習得してになって、世界観が広がったように思います。